ベトナムに行くことを決めてからは、色々な本を読むなど勉強しました。行く前から情報と知識はある程度仕入れていたので、だいたい分かっ
ているつもりでしたが、実際にベトナムに行ってみると、例えば障がい者が多いことに驚きました。
 今回のスタディツアーでは、日本のある市民団体に協力して車椅子を運んで届けることもしましたが、実際に届けた先は、知的障がいもなく
、日本など海外と連絡できる整った環境で生活している、ある程度裕福な方でした。しかし、農村部を訪ねると様子が違いました。車椅子の
ニーズ調査で8家族を訪問したのですが、「車椅子があれば、あなたの生活や人生が変わると思いますか?」という質問に「何も変わらないと
思う」という答えが5家族から返ってきたのです。「そうなのか・・・!私には何もできないなあ。これはもしかして偽善かな・・・」とショックでした。そ
れからどうすればよいのか一人では考えられず、スタディツアーに一緒に行ったメンバーと色んな話をしました。
 帰国後も「何も変わらないと思う」という答えがずっと心にひっかかって考え続けています。たとえば、ベトナムの農村部などでは最低限「食べ
る」ことはできている生活なのですが、その人々に何の変化を求めるべきなのか、考えていけばいくほど分からなくなりました。一方で、農村部で
のヒアリングで、ある母親が「(自分の子供には)学校に行かせてやりたい」と悲しげに語るのを聞くと、「これは必要なことだし、そのために何か
役立ちたい」とも思います。
 大学生になって「地域開発」ということを、とても「善いこと」だと考えていましたが、たとえばベトナムの農村部に日本人の私が入り込んでいっ
て、何かを変えようとすることは「車椅子」で感じたことと同じで「偽善・エゴ」ではないのだろうか。たしかに善いことだとは思うが、善いことだけな
のかどうかが分からなくなったのです。
 改めて考えてみると、「貧困」という課題にしても自分自身の興味はありましたが、「何をどうしたいか、どうすればいいのか」と問うことは、結局
「自分自身のあり方」を問われていることなのだと思います。社会と自分自身の関係性を改めて見つめ直すことになったわけです。
 私自身はこれまで「人間とは何か」というと大そうに聞こえますが、そういったテーマに関心がありました。人類学や社会学、心理学などのアプ
ローチでこのテーマを理解することに興味があり、大学の専攻も社会心理学を選びました。しかし、地域からの変革だけでは解決できない社
会構造などの問題にも気づき、副専攻として、国際政治や国際法も今後学んでいきたいと思っています。
 今回のベトナム・スタディツアーは、私にとって一つの原体験であり具体的事例です。しかし、経済格差の問題について言えば、海外だけで
はなく日本国内にも格差があって、AVCの2009年秋講座・シンポジウム(ESD中間年:私たちとアジア太平洋をつむぐ)に参加して具体的に
現場の話を聞くことができて新鮮でした。しかし、海外であっても日本であっても厳然たる格差を目の前にして、「どうしたらいい?!何も変わ
らんやん」というある種の「無力感」があったのも事実です。そうであったとしても「しょうがない」と済ますことは私はできないと思います。また、「(
経済的に)裕福であっても幸せではない」ということは現実にあり得るし、「ベトナムの経済的に貧しい人々が不幸なのか?」という問いに単純
な答えは出せません。
 今も考え続けていて、答えもまだ出ていませんが。。。。。今の私にできることは、海外のことであっても日本国内のことであっても「課題を自
分自身のこととしてとらえ、考えること」だと思います。  (以上)
注:ユネスコ・スクールは、1953年、ASPnet(Associated Schools Project Network)として、ユネスコ憲章に示され
た理念を学校現場で実践するため、国際理解教育の実験的な試みを比較研究し、その調整をはかる共同体とし
て発足しました。設立された当時、15加盟国33機関であった加盟校は、現在179カ国約8,500校に増加しています
。日本からは、2010年1月現在、136の幼稚園、小・中・高等学校及び教員養成学校が参加しています。
*参照web http://www.unesco-school.jp/
 出身高校が国際理解教育に熱心なユネスコ・スクール(注)で、いわゆる総合学習も盛んでした
し、世界のさまざまな課題が実はつながっていることなどは学習していました。私はもともと「貧困」の
テーマに関心がありました。小学生の頃、おそらくテレビで経済的に極度に「貧しい」人々の映像を
観たり、『世界がもし100人の村だったら』という絵本を読んだりしたことがきっかけだったかもしれませ
ん。しかし、その後の中高生時代はバスケットボールの部活動に明け暮れていたので、それ以上、「
貧困」への関心を深める機会はありませんでした。
 大学生になって「(発展途上国の)現地を見てみたい、貧困の現場へともかく行きたい」という思い
が募り、スタディツアー参加がようやく実現しました。